
「こんなにも夏で、緩やかな光と、柔らかい音楽が注いでいる昼下がり」
とゆう名前のついたビーカーの中で溺れている蝿の実験のようです。
「世界は今日も、〜〜〜。」とか言ってみたいだけの私と水と墨が混ざる速度。
時間軸と(完全に崩壊しているけれど)、リズムだけが頼りなのです。
そうリズム。言葉も食事も電話も思考すらも、意味を持たず単にリズム。
私もそんなものか。
スローすぎる。スローライフなんて内心馬鹿じゃないのかとか思ってたのに。
私自身、変化を嫌う人間なのに、変わって行くことは多過ぎて、
それらはみんな変わって行ってしまったと思っていたけど、
変わっていたのは私自身だったんだなあなんて。
よく考えれば簡単なことだったのだけど、さっきふと思うまで気付かなかった。
そんなもんか。
集合住宅に挟まれた夜のベランダで缶ビールを飲んでたら
なんか自分小せぇなーと思った。
そして翌日の朝ベットで目を覚ました時にはもう、いつもと同じ憂鬱さ。